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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)2576号 判決 1970年6月30日

原告 丸建工業株式会社

右訴訟代理人弁護士 小屋敏一

同 松野修平

同 松井稔

被告 月成靖

被告 望月直一

右被告両名訴訟代理人弁護士 大原信一

主文

1、被告らは原告に対し各自金一〇〇万円およびこれに対する昭和四四年三月一日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

2、原告のその余の請求を棄却する。

3、訴訟費用は被告らの負担とする。

4、この判決は仮に執行することができる。

5、被告らが原告のために金二〇万円の担保を供するときは、その担保提供者は前項の仮執行を免れることができる。

事実

一、請求の趣旨

被告らは、原告に対し連帯して金二、〇〇〇、〇〇〇円也及びこれに対する昭和四四年三月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二、請求の原因

(一)  原告は、訴外宝土木株式会社振出しにかゝる別紙目録記載の約束手形四通(額面合計金二〇〇万円)を、それぞれ拒絶証書作成義務免除のうえ、訴外協同工業株式会社から裏書譲渡を受け、現に裏書連続ある右約束手形四通を所持している。

(二)  しかるところ、右手形の振出人たる宝土木株式会社及び裏書人たる協同工業株式会社は、いずれも昭和四四年一月三一日不渡手形を出し、手形交換所の取引停止処分を受け、その支払を停止した。

(三)  被告らは、昭和四四年二月一日、原告に対し、訴外協同工業株式会社の原告に対する前記約束手形金二〇〇万円の支払債務を保証することを約した。しかして、被告らの右保証債務は連帯債務となる。

(四)  よって、右連帯保証債務金二〇〇万円及びこれに対する右約束手形四通の満期日の後である昭和四四年三月一日から支払済みまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴に及んだ。

三、被告の答弁の要旨

(一)  (請求の趣旨に対し)請求棄却の判決

(二)  (請求原因に対し)

(1)  原告主張の如き手形四通に名宛白地で裏書をした事実はあるが、訴外協同工業(株)が原告に直接裏書譲渡した事実及拒絶証書作成義務を免除した事実は否認。

原告が右手形四通を現に所持する事実は不知。

右手形四通は訴外協同工業(株)が訴外日啓産業株式会社に同社員西部某を通じて割引のため裏書交付したものである。

(2)  手形振出人たる宝土木株式会社及訴外協同工業(株)が昭和四四年一月三一日夫々不渡を出したこと、東京手形交換所の取引停止処分を受け、支払を停止した事実は認める。

(3)  被告らの支払保証若くは連帯保証の事実は否認する。

(三)  (被告らの主張―仮定抗弁)

(1)  原告は右手形四通につき支払拒絶証書を作成した事実がない限り訴外協同工業(株)に対して遡求権がないから、同訴外会社の右手形上の債務につき仮りに被告らが保証をなした事実があったとしても原告の請求は失当である。

(2)  前項抗弁理由なしとしても、その保証の意思表示は訴外窪田千比呂、同菊地泰造の強迫によるもので、被告らは昭和四四年三月一九日原告に到達した内容証明郵便を以て之を取消したものである。

四、証拠関係<省略>

理由

一、<証拠>によれば、原告が請求原因(一)で主張する約束手形四通(金額合計二〇〇万円、以下本件手形という)の適法な所持人であることが認められる。しかし、被告が主張するように、右手形について、振出人も裏書人協同工業株式会社(以下協同工業という)も拒絶証書作成義務を免除したことは証拠上認められない。

二、<証拠>を総合すると、次の経過が認められる。

1、被告月成は本件手形につき裏書をした協同工業の昭和三三年創立以来から代表取締役であり、被告望月は同会社の経理課長であること

2、本件手形の振出人である宝土木株式会社(以下宝土木という)は昭和四四年一月三一日ごろ手形不渡りを出して倒産し、同会社の子会社にあたる右協同工業も間もなく倒産したこと

3、本件手形は、宝土木が資金難を打開するため昭和四三年一〇月ごろ振出し、協同工業が裏書したうえ、日啓産業とかいう者から割引いてもらい、日啓産業は、これをクボタ商事株式会社(以下クボタ商事という)に売却し、クボタ商事はこれをさらに原告に売却したものであるが、クボタ商事が日啓産業から買受けるにあたり、右手形の確実性につき振出人宝土木と裏書人協同工業に問い合わせたところ、両会社とも、真相をかくして、下請代金の商手だから間違いない旨の回答をしたため、クボタ商事もまた手形に裏書するに至ったものであること、

4、宝土木が前記のように、昭和四四年一月三一日倒産したためその子会社である協同工業も倒産寸前の状態になったので、その翌二月一日同会社の代表取締役である被告月成は被告望月とともにその割引先である中央信用株式会社(以下中央信用という)に報告がてら挨拶に赴いた際、前記クボタ商事の代表者窪田千比呂は中央信用から本件手形の裏書人である協同工業の被告月成らが中央信用に来合わせている旨の知らせを受け、同人は原告に本件手形を売却した責任もあるので、本件手形についての前後措置を講ずるため急いで、右中央信用に赴き、被告らに会ったこと

5、右窪田は被告両名を車に乗せてさして遠くない原告会社に同道して来たこと

6、原告の会社に着いた後、被告らは原告会社の三階応接室に通され、同所で原告の経理部長をしている菊地泰造から本件手形の善処方を強く要請されたこと、その結果被告ら両名は原告に対し本件手形の満期である昭和四四年二月二八日までに手形金合計額と同額である二〇〇万円を協同工業に代って支払うことを約したこと

以上のとおり認められる。

三、被告訴訟代理人は、被告らが右のとおり個人的に支払うことを約したのは、被告らが中央信用から原告の会社に赴く途中前記窪田から車内で「お前達も謝ったりした位で問題が済むと思ったら大問題だぞ、<省略>お前達の身体から叩き出すのだ<省略>」などと脅迫されたり、また原告会社に着いても、窪田や菊地から種々脅迫的言辞を浴びせられ、殊に菊地から「君らも妻子が居るのだから好く考えた方が好い<省略>」などと脅かされたことによって威怖した結果止むなくなしたものであるから、右は強迫に基く意思表示に当たる旨主張する。そして、被告両名も本人尋問において右主張の一部に添う趣旨の供述をしているが、他方前認定の経過からすれば、窪田や菊地において、被告らに強く責任を問うことは当然であり、そのことと<証拠>とに照らし合わせて考えると(こと菊地証言によれば、原告会社において菊地が被告らに面接した際は社長秘書にお茶を出させており、また、甲第五号証の確約書は菊地が鉛筆で下書きしたものを被告らにおいて一部補正のうえ、清書して署名捺印したことが認められる)被告らの右各供述部分はにわかに信用しがたく、たとえ菊地や窪田らにおいて被告らの責任を強く追及したとしても、その故に右意思表示が強迫によるものとは認め難い。<証拠>の各記載内容も被告の供述と同様これを信用することができない。よって被告らのこの点の抗弁は理由がない。

四、なお、被告訴訟代理人は原告は本件手形につき支払拒絶証書を作成していないから、原告は協同工業に対しては裏書による遡求権がなくしたがって、同会社の支払を保証した被告らには支払義務がないと主張するので、この点につき判断する。本件の手形面に振出人宝土木も、裏書人協同工業も支払拒絶証書の作成を免除していないことは前認定のとおりである。そして本件手形につき原告が支払拒絶証書を作成したことのないことは、原告も争わぬところである。しかしながら、<証拠>によると、原告は支払場所である三菱銀行六本木支店に、満期前の昭和四四年二月八日に本件手形を呈示したところ、同支店から「期日未到来かつ取引停止処分解約後につき」支払できない旨通告されたことが明らかである。そして、前認定の経過とこの事実とを総合すると、前認定のように、昭和四四年一月三一日に振出人である宝土木が倒産し、その子会社である協同工業も倒産寸前にあり、現に前記確約書(甲第五号証)が作成された同年二月一日には、協同工業の代表取締役である被告月成と同望月とは手形割引先である中央信用に協同工業としても支払不能になったことを報告するために挨拶に行っておるのであるから、これらの事情は前記窪田や菊地も当然被告らより聞き知っていたものと思われる。したがって、前認定(二の6)の支払約束は、原告が本件手形の満期に支払いのため呈示しても振出人宝土木から事実上は支払を受けることができず、また裏書人協同工業に償還請求しても同様支払を受け得ないことを予期し、つまりこれら両会社に対する手形上の請求を断念せざるを得なかったからこそ、被告らにその善処方を迫ったものであり、被告らも、原告の右意図を、菊地を通じて察知したうえ、前記のとおり個人的に支払うことを確約したものと認めるのが相当である。してみると、被告らが上記のとおり、支払を約束した以上、たとえ原告が満期に支払場所に呈示せず、したがって法定期間内に所定の支払拒絶証書を作成しなかったことは、被告らの責任を阻却する理由にはならないものと解するのが相当であり、被告らのこの点の主張は採用することができない。

五、最後に被告らの支払うべき金額につき考える。

さきに認定した被告らがなした支払約束は、右に述べたとおり、通常の保証ではないので、商法五一一条二項は適用がない。また、前記支払約束は債務負担者である被告らのために商行為とは言えないから、同条第一項も適用がない。しこうして、当事者の意思解釈として被告両名は二〇〇万円につき連帯負担の意思ではないかと憶測することも、事案の性質上あながち不可能なわけではない。しかし、裁判では単なる憶測でことを処理することが許されないことは当然であり、加うるに、前記確約書の文言自体に徴するも、はたまた他の証拠によるも、連帯の特約はなんら発見できないから、民法四二七条の原則に従い、被告らは二〇〇万円につき平等支払の義務、つまりその半額づゝを支払う義務があるものと認めるのを相当とする。

六、むすび

以上の認定説示によれば、被告らは原告に対し各自一〇〇万円および約定の弁済期の翌日である昭和四四年三月一日から年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある(原告と被告らの前記契約は広い意味において、原告のため商行為であると認められる)。したがって、原告の本訴請求は右の限度で理由があるが、その余は失当として棄却すべきである。<以下省略>。

(裁判官 伊東秀郎)

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